Contract
最近の判例から 眈
契約締結意思を翻意した賃借人に
契約締結上の過失が認められた事例
(東京地判 平18・7・7 金商1248-6)
賃貸借契約締結の合意がされたが、賃借人の一方的な事由により契約の締結に至らなかったことから、賃貸人が損害賠償を求めた事案において、契約締結意思を翻意した賃借人に契約締結上の過失が認められた事例(東京地裁 平成18年7月7日判決 一部認容 控訴金融・商事判例1248号6頁)
1 事案の概要
YやAの属する企業グループは、事務所を
1ヶ所に統合しようと計画していたところ、平成15年3月、XはAに対して建物の賃貸借を打診した。Aは好条件と受け止め、移転を検討し始めた。
その後、賃料等諸条件の折衝が行われ、平成15年8月、Aは貸室申込書を提出した。その後も条件交渉は継続し、賃借人をAからYに変更することとし、XとYは賃貸借契約書の調印日を平成16年1月16日とすることで合意した。
平成15年12月、Yの属する企業グループの会長が移転を承諾しない意向を示したことから、Yは本件建物賃貸借契約を断念した。
Xは、契約は当事者の意思の合致によって成立し、Yは賃貸借の主要な条件を特定して本件申込書を提出し、Xはこれを承諾しており、XとYの間には賃貸借契約が成立している。また、仮にXとYの間に賃貸借契約が成立していないとしても、Xが本件申込書を承諾した時点で賃貸借契約の準備段階に入った
といえ、Xの期待は高まっており、Yは一方的な理由によってXの期待利益を侵害したから、その損害を賠償すべきであると主張して提訴した。
これに対し、Yは以下のように反論した。本件申込書には、賃料等主要条件が確定し ておらず賃貸借契約は成立していない。また本件のような大規模な事業用建物賃貸借契約においては、詳細な契約条項が規定された契約書に調印することなくして、賃貸借契約が
成立することはありえない。
契約締結上の過失の法理は契約自由の原則の例外であり、本件にはあてはまらないなどと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は以下のように判示し、Xの請求を一部認容した。
▇ XとYが賃貸借契約を締結したかについては、本件賃貸借契約が、賃料及び共益費を合計すると月額3,000万円を超え、敷金総額も4億円近い取引であって、合意も書面を作成してなされるのが通常である。Yには本件申込書をXに交付しただけで契約を成立させる意思はなかったといわざるをえない。したがって、賃貸借契約書が作成されていない本件においては、いまだXと Yの間で賃貸借契約が成立したとは認められない。
盪 次にYの契約締結上の過失の存在につい
ては、平成15年12月の段階でXとYは契約の準備段階に入ったといわざるをえない。そうするとXが賃貸借契約を結べるものと信じて行動することが、Yには容易に予想できるものであり、YはXの契約締結上の利益を侵害しないように行動すべき義務を負う。会長が承諾しないことは正当な理由とは認められず、YはXに対して損害賠償義務を免れない。
蘯 次にXの損害額について、損害賠償の範囲は、契約が履行されると信じたために失った別の取引による得べかりし利益まで信頼利益に含むと解するのが相当であり、Yは、平成15年12月からXが新たな賃借人と賃貸借契約を結ぶことができた平成16年6月末までの期間について、共益費を除いた実質賃料月額約2,322万円の損害賠償義務を負う。
盻 最後に過失相殺については、▇とYの交渉経過に照らすと、交渉が長引いたのはYに責任があり、交渉断念に至ったのもYの内部事情に尽きる。したがってXに対し過失相殺をする理由はない。
眈 よって、Xの賃貸借契約の成立を前提とする請求は理由がないので棄却することとし、契約締結上の過失を前提とする請求はこれを一部認容することとする。
3 まとめ
本判決は、事業用の賃貸借契約においては賃料、保証金とも高額な取引であることから合意も書面を作成してなされるのが通常であるとし、契約書面の交付が契約成立の要件とした。一方で賃貸人と賃借人は契約の準備段階に入ったといわざるをえないとして、契約に至らなかった賃貸人の損害賠償請求について得べかりし利益まで信頼利益と認めたことなど、契約当事者が留意すべき判断を示した
事例である。
その利益の範囲については広すぎると解する考えもあるが、媒介業者としても契約成立までの交渉過程における当事者の動向に注意を要するものとして参考になる判例である。
